ぬえ氏のブログで書かれていた設定が無性に気になって、三次創作… 四次創作? を試みてみた。
曲は元ちとせの【ワダツミの木】がモチーフ。
ロックミク遠未来編です。
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―――これは、ずっとずっと遠い未来、
さもなければ、おとぎ話のように、むかし昔のお話です。
その星では、終わらないいくさが、遠い昔から続いておりました。だれも覚えていないくらい遠い昔、何世紀も以前から、けっして終わることの無い戦が。
けれど、いくさは、ほんとうはこの世界にはじめの生き物が生まれたときからあるものであり、それは、すこしばかりややこしい意味においては、ごくごく当たり前の、平穏な日々の続く日々を意味してもおりました。かつて、透き通った微少な生き物たちが初め、巨大なうろこの身体をもったものたちが、しなやかな毛皮もつ四足のものたちが、やがて、二本の器用な手とかしこい頭とをもつ人間たちの行っていたいくさの、今の主役は、機械の身体をもったものたちでありました。
彼らは工場で、あるいはちいさな工房で、さもなくばジャンクの堆積した場所で生まれ、ときにいくさへと向かい、ときには兵士たちのために武器やほかのものを作るために暮らし、そしてまた他のときには、いくさとはかかわりあいにならぬ暮らしを送っておりました。たとえば、この青い湾のあるちいさな港に暮らすものたちのように。
初夏、嵐がおとずれると、湾にはいっぱいの鉄くずが流れ着きます。これはすべて、かつていくさに出向いたロボットたちの亡骸なのでした。この湾を青い色にそめあげる微生物は、はるか昔につくられたものであり、彼らの亡骸をゆっくりと溶かし、自然へと還すことができました。その微生物は、まだ動いているロボットのことも侵すため、多くのロボットたちは、そのうつくしい場所を嫌っておりました。
その土地に暮らしているものたちは、静かでおとなしい、そして、とむらいのわだつみに対して深い愛情と尊敬を注ぐ、おとなしいロボットたちばかりでありました。
そしてある夏、ある日、嵐が、ありました。
朝、眼を醒ますと、窓の外のハイビスカスはすべて風に吹き飛ばされて、真っ赤な花が点々と地面に散っておりました。少女はそれを見て、それから、ぱたぱたと部屋の中へと戻りました。雨がやみ、太陽が出たということを知らせると、彼女のめんどうをみてくれている《長老》は、「家が吹きとばされたものは、いなかったかね?」と問いかけました。
少女は、頷きました。鉄を侵す微生物のため、この土地の建物は、すべて、竹や木を編んだもので作られていました。仮に風に吹き飛ばされたとしても、立て直すことは容易です。けれど、だからといって、家を失ったものがあってもいい、というものではありません。
チチ、と少女の耳で、ヘッドセットが瞬きました。暗号化されたメッセージを受け取った長老は、「そうか、そうか」と優しく答えました。
「ならば、浜辺まで行っておいで。花は他の誰かに探させよう。大丈夫さ、嵐に吹き飛ばされなかったものも、さがせばどこかにあるだろう。お前は先に行って、皆をなぐさめてやるといい」
少女は頷き、そして、身軽に外へと走り出しました。白い素足が、襟首の白さが、簡素な縫製のワンピースが、太陽の光を受けて、まぶしいほどに白く照り映えました。
浜辺へと続く道は、さんごの欠片を砕いて敷き詰めた、まっしろな道です。少女はもう何度と無く駆け下りた道を、今日も、おさない子どものようにひたむきな足取りで、駆け下りました。
少女は、《歌姫》でした。もう、何百年も前に、生産されることが無くなった、古い古い型のロボットの、レプリカでした。彼女にできることはたったひとつ、《歌うこと》だけ。他にはなにもできない、喋ることすらもできない、無力なロボットでありました。
ですが、先代の《歌姫》が菌に侵されて寿命をむかえたとき、彼女は、その娘として新たに命を受け、そして、無数の歌を受け継ぎました。鎮魂の歌を、悔恨の歌を、懐旧の歌を、そして、安らぎの歌を、歌うためです。もう世界のどこにも存在しない《VOCALOID》として、彼女は、そのすべての歌と想いを、受け継いでいたのです。
ときには、浜辺へと漂着するものたちが、まだ、意識と記憶をもっていることもあります。彼女の仕事は、彼らへと歌声をささげ、その魂を慰め、静かに眠りに付かせてやることでした。彼女は、その役割を愛しておりました。己の歌声でロボットたちをいつくしむことを、彼女は、何よりもたいせつな使命と、こころえていたのです。
白い珊瑚の砂浜へと降りると、そこには、嵐がうちよせた無数の鉄くずが、うずたかく積みあがっておりました。いつものことでしたが、かすかにココロが痛みました。彼女は素足にサンダルをくくりつけただけの姿で、ゆっくりと、彼らの間を歩いていきました。歌を、口ずさみながら。
彼女のことばは、歌でありました。彼女の想いもまた、歌でありました。《VOCALOID》とは、そういった存在でありました。誰かの思いを受け継いだ歌。それで想い、それで考え、それですべての気持ちを告げるのが、彼女のほかにたぐいのない、《VOCALOID》という存在であったのです。
ときおり、まだ、かすかに演算を続け、意識のあるものがありました。見つけるたび、彼女は、そっと歌をささやきかけ、あるいは勇壮な音楽を持って、彼らを送り出しました。この海の蒼く透き通った水に侵されたものたちは、ほどなくして、しずかに逝きました。この海の水は、もっとも繊細な機能を持つ中央の回路を、一番に侵していくものだからでした。
けれどその日、彼女は、いままで出会ったことの無かったものに、出会ってしまったのです。
それは、今はごくごく稀な存在となってしまった《人間》に似通った姿をした、少年の、ロボットでありました。
彼は、横たわっておりました。けれど彼女を見つけると顔をあげ、そして、眼を見開きました。わずか、せいぜいが10歳やそこらにしかみえない、少年のロボットでありました。
「ミクさん……?」
彼は、つぶやきました。
もう誰も呼ぶことの無くなった、《歌姫》の、ほんとうの名を。
どうしてよいのか分からず、逃げるように駆け出した彼女は、嵐を避けて残った花を摘んでいた、仲間たちを呼びました。まだ生きているロボットがいる。浜辺に流れ着いている。そして彼は、わたしのことを呼んだ。誰も知らないはずの、私の、ほんとうの名前を呼んだ、と。
彼の小さくなってしまった身体は、丁重に浜辺から引き上げられ、そして、長老と彼女が暮らす、竹で編んだバンガローへとつれてこられました。そして長老は言いました。彼女がなんであるのかを。彼女が、おそらくは世界で最後の《VOCALOID》である、ということを。
少年のロボットは、その話を聞いて、泣き笑いのような顔をしました。彼女にはとうてい分からない、複雑なこころのこもった表情でありました。やがて彼は、彼女とふたりきりにしてほしいと言いました。仲間たちがバンガローを出て行くと、彼女は、少年ロボットとふたりで残されました。
「そっくりだと思ったんだ。ミクさんに。……キミは同型の《VOCALOID》だよね? ミクさんのことを知っているの」
彼女は首を横に振りかけ、途中でやめて、あいまいに頷きました。出会ったことのない人ではあったものの、彼女の中に存在するデータは、すべて、初代の《歌姫》である、《初音ミク》から受け継がれたものだったからです。
彼は、その話を聞いて、少し泣き、それから、笑いました。つぶやいた声の意味は、彼女には、理解の出来ないものでした。
「やっと会えた。こんなに時間が過ぎて。……会えたんだよね。こんな形だけど、僕は、ミクさんとの約束を、果たせたんだよね?」
潮風の吹く、プラスチックと金属を侵す微生物が海を蒼く染め上げる、そんな土地で、少女は短く髪を切り、手首に飾った飾りは、貝殻を糸で連ねたブレスレットでありました。きっと、彼の知っている《初音ミク》とは、彼女の容姿はだいぶん違っていようと思ったのです。ですが、そんなことを問いかけようにも、彼女には、《ことば》を話す機能がありませんでした。初代の《初音ミク》よりあとの《歌姫》がいつからかそうなったように。たくさんの歌を憶えるために、データの容量を使い果たし、いつか、歌のために《ことば》を棄てることを選んだ頃から。
彼は、何も言えず、泣き出しそうな顔をしている彼女の頬を、やさしく撫でました。ちいさくちいさくなってしまった身体のなかで、たったひとつだけ、残った腕でありました。
「僕は、約束した。僕がいつか戦わなくってもよくなったら、きっとミクさんを迎えにいくって」
彼は泣きそうに笑いました。
「ごめんね。僕が迎えに行くんじゃなくって、ミクさんに迎えに来てもらってしまったんだ」
でも、と彼は言いました。
「よかったよね? やっと、会えたんだ。僕はもう戦えない。戦わなくてもいい。これからは、ずっといっしょにいられる。ミクさんの歌を、いつまでも聴いてあげられる。これで、よかったんだよね?」
彼女は、どうしようもない気持ちで、頬に当てられた手を、ぎゅっと両手で押さえました。涙がぽろぽろと頬を流れました。どうしてなのか、分かりませんでした。
けれど、それは、彼女のなかに残された何か、数百年も前の、《初音ミク》の流した涙だったのです。
他のロボットに出来ることが何も出来ないかわりに、二つのことが、彼女には出来る。
歌うことと、涙を流すこと。その二つが、彼女に与えられた、賜物であったからです。
ほどなくして、彼は静かに機能を停止しました。
嵐で流れ着いたロボットたちの最後のひとつが機能停止をするよりも、ほんのわずか、前のことでありました。
「《初音》や。お前に、話しておくべきことがある」
少年ロボットの身体を浜辺の砂へとうずめ、その上に真っ赤なハイビスカスの花を供えたときのことでした。長老が言いました。
「お前の、ずっと以前の初代…… いちばんはじめの《初音》は、ひとつの目的をもってここへと来たのだよ。愛した人がいつかここに流れ着くかもしれない。それを待つためにここに居て、そして、すべてのロボットたちのために歌を歌うと誓って、ここへとやってきたのだよ」
そうして、お前の目的は果たされたのだね、と長老は言いました。
「だが、目的を果たしたからと行って、《機能し続ける》ことをやめることは出来ない。……分かっているね、《初音》?」
彼女は、その言葉に、頷きました。
なぜなら彼女はたしかに《初音》であったけれど、《初音ミク》ではなかったから。鎮魂の歌を歌う《歌姫》であり、《VOCALOID》であっても、彼女は、《初音ミク》本人では、なかったからです。
おりしも、海から吹く風が、彼女の中のどこかから、古い古いメモリを呼び覚ましました。かつて、少年ロボットと一緒に居た頃のこと。その頃の幸福と哀しさ、切なさと恋しさのすべてが、音質の悪いラジオのように一瞬だけ再生されて、そして、消えました。
彼女は眼を閉じました。肩に届かない青い髪が風に揺れ、そして、彼女は歌いました。
古い歌を。
古い古い時代の、恋の歌を。
―――そうして今、彼女は、ちいさな恋人と共に、今も、青い波の打ち寄せる場所に、静かに暮らしております。
サルベージされたデータを元に作り直された少年ロボットは、戦うことを忘れた、ただの、家事手伝いのためのレプリカントでありました。彼は、今までのあらそいのことをほとんど覚えておりませんでした。すべてのメモリが破損した中で、最終的に回収できたデータが、もっとも根底に残された、そんなデータだけだったからです。
彼女がバンガローの中で眼を醒ますと、外から、水が跳ねる音が聞こえます。眼を擦りながら窓の外を見ると、10歳ほどの少年の姿をしたロボットが、ハイビスカスの花へと水をやっております。
彼は振り返り、笑います。そして言います。
「おはよう、ミクさん」と。
これは、むかし昔のおとぎ話です。
今も、ロボットたちが最後に流れ着く場所には、歌以外にことばを持たない少女のロボットと、優しくてまめな手を持った少年のロボットが、寄り添いあうようにして、静かに暮らしております。
おそらくは、何百年かは、ずっと、ずっと、彼らは離れることなく、そうして暮らしていることでしょう。よりそいあい歌を歌い、ときに浜辺を歩き、花が咲くのを見つけるたび、ちいさなきょうだいのように、しあわせそうに微笑みあって。
これは、あるいは遠い遠い未来のお話です。
彼らは今も、幸せに、穏やかに、よりそいあうようにして、暮らしていることでしょう。
めでたし、めでたし……
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